冬、寒くなると「なかなか起きられない」「十分寝ているはずなのに眠い」という経験が誰しもあるはずです。
2022年にEmma Sleep Japanが全国1,065人を対象にした調査によると、他の季節に比べて、約4割の人が冬の睡眠時間が長くなることが明らかになっています。
特に、7時間〜9時間睡眠する人の割合が増えるとみられています。その理由に「室温が低い」といった冬ならではの回答が多く、夜は早めにベッドに入り、朝は起きられない状況の人が多いことがわかります。
あまりに起きられないと「冬眠したい」と思ったことはありませんか?実は今、人間の密かな”願望”が実現する時代が近づいてきているようです。
冬眠には省エネ効果がある
そもそも冬眠とは、クマやリスなどの動物たちが厳しい冬を乗り越えるために、体温を低下させ、エネルギー消費を極限まで抑える“究極の省エネ状態”で生き抜く方法です。
冬眠といっても、冬の間ずっと寝続けるのは、クマだけのようで、大半の哺乳動物は、持続的冬眠と中途覚醒を繰り返すといわれています。
持続的冬眠とは、連続的に眠っている時間ですが、その長さは、4日〜45日間と種によって大きくことなることが特徴ですが、謎が多い現象とされています。
動物は冬眠スイッチを持っている
長年、冬眠は科学的なアプローチが難しく解明が進んでいませんでしたが、近年の科学技術の進歩によって研究手法が編み出され、本来、冬眠しないはずの動物を冬眠させるための研究が進んでいます。
2020年に筑波大学と理化学研究所の共同研究チームは、マウスを“冬眠に極めて似た状態”に誘導することに成功しました。
冬眠に導くために行ったのは、“ある神経細胞群”を刺激することでした。その神経細胞群は「Qニューロン」と呼ばれ、マウスの脳の視床下部に存在します。
Qニューロンを刺激すると、マウスの酸素消費量が著しく低下し、さらに体温も数日間にわたり大きく低下しました。
この状態は、少なくとも1日以上安定して持続し、その後全てのマウスは障害が残ることなく、自発的に元の状態に戻ることも明らかになっています。
さらに、 “冬眠スイッチ”ともいうべき「Qニューロン」は、私たち人間も含め哺乳類に広くあることが分かっています。
そのため、人間でもQRFPを含む神経を刺激すれば、マウスと同じ“冬眠に極めて似た状態”を誘導することができるのではないかと、期待が高まっています。
匂いを嗅ぐと冬眠したくなる
「Qニューロン」の他にも、さまざまな冬眠スイッチの発見が続いています。その1つが、“恐怖のにおい”です。
マウスに「チアゾリン類恐怖臭」という天敵に似せて作ったにおい分子を嗅がせると、まるで冬眠したかのように動かなくなり、体温、代謝ともに低下させることに成功しました。
また、通常、脳の血流を止めると脳梗塞になり、脳の広い領域が破壊されますが、恐怖臭を嗅がせたマウスでは、脳の破壊が大幅に抑制されることも分かりました。
冬眠状態で生命の危機を生き延びる力を引き出す “感覚創薬”が実現すれば、人間への応用も可能です。例えば、重症患者に、酸素吸入用ガスマスクを通してにおい刺激を与えることで、助かる命が増えることも期待されています。
目が覚めたら100年後の未来だったー「コールドスリープ」はSF映画や漫画で典型的なネタとして描かれてきました。
もし、人工冬眠が実現すれば、宇宙船で冬眠して遠くの天体まで旅したり、現代の医学では治せない病気の患者が冬眠して、治療法が確立するのを待つこともできるようになるかもしれません。
少し前まで架空の話だった冬眠が、現実になる日は、すぐそこまできているのかもしれません。多くの分野に活用できる、夢の技術の今後に期待が高まります。
参考サイト:
SFの世界で「コールドスリープ」として描かれてきた、人間を冬眠状態にする“人工冬眠”。そんな夢のような話を実現に近づける研究成果が今、続々と報告されています。人工冬眠が実現すれば、宇宙船で冬眠して遠くの天体まで旅したり、現代の医学では治せない病気の患者が冬眠して治療法ができるのを待ったり、ということが可能になるかも知れません。そもそも冬眠というのは、クマやリスなどの動物たちが厳しい冬を乗り越えるために、体温を低下させ、エネルギー消費を極限まで抑える“究極の省エネ状態”で生き抜く方法です。そして、この冬眠状態を人工的に作りだし、人間に応用しようとするのが人工冬眠です。数時間でも体を低代謝の状態にすることができれば、緊急時に治療の時間を稼ぐことができるため、救急医療の現場から期待されています。本当に私たちも冬眠することができるのでしょうか。人工冬眠研究の最前線に迫ります。(NHK「サイエンスZERO」取材班)