グレイトフル・デッドとは、アメリカの1965 年に結成されたロックバンドである。
ローリングストーンズやビートルズと同じくらい歴史が長いが、日本ではあまり名は知られていないバンドである。
しかし、今現在もライブ活動を続けており、年間5000 万ドルを稼ぐアメリカで最も長く、最も成功し続けているロックバンドである。
なぜ、このバンドが半世紀たった今でも、成功し続けているかを解説する。
スーパースターはいらない
グレイトフルデッドの創立メンバーは、
・ジェリー・ガルシア(ギター、ボーカル)
・ボブ・ウェア(ギター、ボーカル)
・ロン「ピッグペン」マッカーナン(キーボード、ハーモニカ、ボーカル)
・フィル・レッシュ(ベース、ボーカル)
・ビル・クルーツマン(ドラム)
この中に、ビートルズのジョンレノン、ポール・マッカートニー、ザ・ローリング・ストーンズのミック・ジャガー、クイーンのフレディ・マーキュリーなど世界的なスターはいない。
しかし、グレイトフルデッドは半世紀近く活動しており、今でも活動は続いている。ファンは今でも増え続けている。
グレイトフルデッドの活動内容は、売れているバンドの常識、音楽業界の常識の真反対を実践しているからだ。
ライブを徹底的にマネタイズ
インターネットのなかった時代は、ロックバンドにとってライブとは、新しいアルバムを宣伝するためのものだった。
バンドは世界各地をツアーで周り、バンドのファンは、ライブのために大枚をはたく。
ライブの内容は、同じように曲を演奏し、演出も同じもので構成されており、アルバムの販売で得た利益は、レコード会社やその取り巻きの収入源となる。
それが音楽業界の収入の常識である。
しかし、グレイトフルデッドのライブは、単に音楽を披露するだけではない。
ライブを通してほかのバンドとはまったく異なる「ファン体験」を提供する。
どういうものかというと、ライブごとに演奏する曲の演奏方法が異なる。
毎晩、違う音楽体験を提供することで、ファンは続けてライブに足を運びたくなる。
また、ライブが主な収入源なので、ライブの照明や音響システムはその時で一番最高の設備を使用していた。
これは、当時活躍していた全ての他のバンドとは正反対のアプローチである。さらに、熱狂的なファンはバンドと一緒にライブ会場を一緒に移動しながら風変わりな屋台が並べていた。
ファンにとって、その屋台の歩き回るのもライブ体験となる。グレイトフルデッドのライブは、バンドとファンの両方が恩恵を受ける。
・一方的にバンドがファンへ音楽を聴かせるだけのライブ
・ライブは、新アルバムを売る宣伝活動のためのもの
この音楽業界の常識を拒否し、ひっくり返したのがグレイトフルデッドのライブである。
ありのままでいた
たいていのロックバンドは、綿密に調整されたプログラムに沿ってライブで演奏し、それをひたすら繰り返す。
お金をもらっているプロだから入念なリハーサルで完璧なライブを披露するのは当然であり、それが美徳とされている。しかし、グレイトフルデッドのライブにはまったく台本がない。
そして、メンバーはライブ中、よくミスをする。しかし、メンバーはそれを気にしない。その失敗すらライブ体験の一部にしてしまっているのだ。
そんな「ありのまま」のライブはファンにとっては『偽りのない本物らしさ』に親しみを覚える。
ところで、ありのままでいるという事は怠惰になることではない。素の自分を磨くことである。
というのも、グレイトフルデッドは、失敗をしたらそれを自覚し失敗を避けるのではなく、そこから学ぶ。
出来の悪い演奏をしても保守的にならず、次の新しい演奏技術を常に挑戦し続けている。
その事を象徴しているのが、彼らの演奏スタイルである。
グレイトフルデッドのライブは80%が即興、同じ曲を同じように演奏スタイルは20%である。
彼らは主に即興による演奏スタイルを採用している。しかし、即興は他のバンドでも多く採用されているので、けして珍しいものではない。
ただし、よくあるバンドの即興とは、まず1 人が主旋律を奏で、それを受けた他のメンバーが発展させるというものである。
しかし、グレイトフルデッドの即興はメンバーがそれぞれ即興しながらグループとしても同時に演奏するという「同時即興」である。
自分も即興しながら、他のメンバーの演奏もよく聞かなければならないので、これは音楽的にかなり高度である。
グレイトフルデッドは、2300 以上のライブ演奏の中で、つねに実験を繰り返し新しい演奏スタイルを模索し鍛錬している。
中間業者を排除!ファン第一主義
グレイトフルデッドは、ライブのチケット販売は外部に委託せず自分達独自のチケット代理店で管理している。
また、チケットの購入方法は電子決済ではなく、郵便為替を同封してとある住所に送らなければならない。
しかもその住所も特別な電話番号に電話して音声メッセージで方法を教わるというかなり面倒なシステムになっている。
なぜこのような面倒なチケット販売方法をとっている理由は、ダフ屋が不当にチケットを水増し販売したり、ニセのチケットが出回らないようにするためである。
何よりも、グレイトフルデッドの熱狂的なファンに一番良い席が取れるようにするためである。
そうすることで、ファンの忠誠心をさらに駆り立てている。
ところで、ほとんどの業界は、生産者と顧客との間に中間業者(ブローカーのような)の層がひとつふたつある流通モデルで成長していた。
ブローカーは生産者よりも消費者に近く、足を使って代わりに営業してくれるので企業やサービスが伸びるためには、このような層が必要だった。
しかし、現代ではインターネットがこの考え方を根底からひっくり返した。今では、効率的に消費者とつながったサービスが提供できるのでブローカーの今までの価値はなくなった。
グレイトフルデッドは自分と顧客との間にある何層もの中間業者を取り去り、顧客を直接取り込むことで、忠実なファンには情報でも、ライブの席でも最優先で提供している。
ライブの録音を許可
音楽業界では、アーティストのコンテンツを「壁」で厳重に取り囲む。
アメリカの著作権法では、ファンはアルバムやカセットテープのコピーを作ってもよいが他人とは共有を許可していない。共有を許可すると販売数が減るという考え方に基づいている。
だから、新しい音楽を知るには、ラジオ、友達に教えてもらうか、音楽雑誌で情報を得るしかないのが現状である。
一般的に、ファンに音楽を録音されたらレコードが売れなくなる、と考えるのが常識だった時代、グレイトフルデッドは、ライブの録音を許可していた。
いい音質で録音できるよう専用スペースまで設けるなど、録音を推奨している。録音したテープの販売は許可していないが、ファンの間で共有することを許可していた。
そうすると、どんな事が起こったのか。グレイトフルデッドの音楽はどんどん共有され、ファンが増え続け大きな会場で演奏するようになった。
さらには、アルバム販売も活気づき売れないどころか、ドンドン売れ続け、ライブへくるファンがドンドン増えていくという現象が、今現在も続いている。
ライブを録音したテープを無料で共有することで、グレイトフルデッドの音楽が多くの人へ拡散したのである。
交換したそれぞれの録音テープは新しい観客をライブに呼び寄せ口コミと広告の役割を担ったのである。不利な状況になるどころか、録音テープは、バンドを成功に導いた。
ブランドの管理がゆるい
バンドは自分達のブランドイメージを厳重に管理しているが、そのように決めたイメージを顧客におしつける戦略は裏目に出ることが多い。
しかし、グレイトフルデッドは、自分たちのロゴを付けた商品を売る行商人に「ノー」と言うのではなく、使用を許可したのである。
「売るな」と弾圧せず、彼らを歓迎した。
ライセンス料を払ってくれれば使用を認め、デザインの観点からも自由に使用させている。
グレイトフルデッドの演奏スタイルは即興演奏であると先述で紹介したが、デザインも即興性や可変性を推奨したのである。
要は、ブランド管理を緩くし、さらなるクリエイティブを促進した。
ブランドの個性を表現すれば、多少見た目が違ってもファンは気づいてくれるし、何より、クリエイティブが窒息しない。
グレイトフルデッドのファンは芸術や音楽について自由に考え、体制には迎合しない性質を理解しているのだ。
グレイトフルデッドは、中間業者を排除すると先述したが、逆にグッズを販売する行商人とは手を組んだ。
それは、チケット販売のブローカーは大企業で、グレイトフルデッドのファンではない。しかし、グッズを売る行商人はグレイトフルデッドのファンである。
ファンを冒険の旅に連れだす
グレイトフルデッドにはRP 担当者やマネージャーがいる。
しかし、メンバーはファンとの親密さを保ち続けるために、ライブの情報だけではなく、友達に出すような手紙のように、メンバーの近況や心境を語る会報をファンに送り続けた。
これは、ソーシャルネットがない時代、何千人のファンをひとつにまとめていた。
この会報によってファン同士で会い、共通の興味を分かちあい、コミュニティの一員であることを実感できた。
Facebook の創始者がまだ生まれていない時代にすでにソーシャルネットワークのようなコミュニティができていた。
コアなファンは、バンドと一緒に町から町へライブ会場の移動と一緒に数ヶ月ともに移動した。
グレイトフルデッドのライブツアーは単なるツアーではなく、音楽と精神の面で固い絆を共有する「冒険の旅」となった。
ファン同士は古くからの友情をあたためるだけでなく、出会ったばかりでもすぐに友情を築いた。
コミュニティの一員である、ということが自分が何者であるかを決める。
グレイトフルデッドは、ファンを自分達と一緒に旅する対等なパートナーとして扱い、「グレイトフルデッド体験」が何であるかを、ファンに決めさせた。
企業は、組織運営において、「指揮統制」のために、社訓など、上から下へ命令系統やルールなどで社員を縛っている場合がほとんどである。
しかし、それでは、ルールを破る、企業から逸脱する、離れるなどかえって一つにまとまらない。
本当に好きなことをやろう
グレイトフルデッドは自分たちがやっていたことが本当に好きだった。音楽をやり通し、結果的に成功した。
彼らは自分達の音楽活動に情熱を抱いていたので、何度辛い体験をしても粘り強く耐え続けることができた。
たとえば、初めて雇われた時、2夜連続での演奏だったが、最初の演奏があまりにひどく差し替えられた。
恥じ入ったあまり賃金を要求しなかった。これで、あきらめるのではなく、これまでの2 倍練習し、長年の試行錯誤し続けた。
子どもの頃「仕事」と「遊び」は本質的に相反するものと教わった。グレイトフルデッドのように自分が本当にやりたいことをやっていたら、毎日「仕事」をしているという実感はない。
情熱があれば自分の燃料となり疲れた同業者たちが乗り越えられない壁を飛び越えられる。
多くの人々は、他人の期待や評価を意識して情熱を抱けない「職業」に落ち着いてしまう。
しかし、楽しめないことに時間を費やすと、精神的ダメージが大きく私生活に与えるデメリットの方が多い。
自分が愛すること本当にやりたいことをやっているほうがすばらしい仕事をする可能性がはるかに高く、成功の可能性が高くなる。
そして、ずっと大きな幸福感を与えてくれるので、人生の半分は働くのだから自分のやりたいことをやったほうがいい。
他人の夢ではなく、自分自身の夢を生きることがグレイトフルデッドのマーケティングである。
縛らない
グレイトフルデッドのファンは、ヒッピーが主体だったこともあり体制に迎合しない、ルールに縛られたくないという人々が多い。
そんな彼らをひとつにまとめるためにあえてルールや規律で縛らない。
既存の考え方を否定しその逆を実践し続けた。常識の逆をいき成功したビジネスモデルがグレイトフルデッドのマーケティングである。