精子は協力した方が速く泳げる

精子が卵子にたどり着くまでの距離は、精子の体長のおよそ3万倍と言われています。人間の身長に換算すると5000km弱、日本からシンガポールくらいの距離です。

それだけの距離に加え、女性器内の粘液の流れ、卵子がある卵管の選択、卵子を取り囲む卵膜など様々な障害を乗り越えて、受精する精子はわずか1億分の1。

しかし、そんな受精に至る精子は他の精子たちと「争う中で勝ち残った」わけではなく、他の精子たちの「協力を得て生き残った」精子なのだということが明らかとなりました。

東北大学の竹歳氏らは精子間の流体相互作用に関する運動モデルを作成し、精子が集団化することで遊泳速度および効率が高まることを明らかにしました。

精子が泳ぐことによって作られる液体の流れが、他の精子の運動を後押ししてくれることで、精子たちはより速く効率的に卵子のもとに向かうことができるのです。

しかしこれはあくまで流体力学的に考えられた予測モデルに過ぎません。実際に精子が互いに協力しあうことはあるのでしょうか?

精子たちの過酷な旅路

シェフィールド大学のムーア氏らはオポッサムの精子が2体でペアになって泳いでいく様子を観察しています。

頭をくっつけた2体の精子たちはそれぞれの尾を2本の足のようにして泳ぐことで、1体で泳ぐより速く泳げるそうです。

また、2体ペアで動く精子たちの頭の動きは1体で動く精子よりも変位幅が小さく、少ない動きで効率的に泳ぎ進むことができることがわかっています。

ハーバード大学の進化遺伝学者ハイディ・フィッシャー氏はマウスの精子を観察し、精子同士が協力する様子を詳細に報告しています。

マウスの精子は頭の部分がフックのような形状になっており、それによって精子が一列に繋がって速く泳ぐことができるのだそうです。

また、複数のオスと交尾する乱交型マウスの精子を観察したところ、同じオスの精子同士が協力し、別のオスの精子のチームとは協力せずに進むことが明らかになりました。

これはオス同士の近親で遺伝子情報が近い場合でも見られる行動で、精子が綿密に自分以外の遺伝子情報を区別できることを示しています。

このように複数の生き物の精子の観察において精子の「協力」を見ることができ、精子が単なる細胞ではなく、組織的に協力し、競争することが報告されています。

これらの精子の観察はあくまで実験用の水溶液の中で行われたもので実際の女性器内とは条件が異なります。そこで、女性器内の流れや粘性を模倣した場所での観察が行われました。

不妊治療において、精子の運動に関する観察は欠かせないものですが、それらはすべて実験用の水溶液の中で行われ、実際に精子が直面する粘性や流れを考慮されずに行われてきました。

今後実際の女性器内に近い精子の観察が可能になれば不妊につながる原因となる動きなども明らかになる可能性があります。

また、精子が少なくても密度を上げて群れを作ることできれば、精子の運動効率を上昇させることができると考えられるため、乏精子症患者の新たな不妊治療法開発につながるかもしれません。

卵子をゴールとした精子たちの過酷な旅路の中にどのような「社会的行動」が潜んでいるのか、そしてそれがどのように生殖に関わっているのか。

女性器内における精子の実際の動きを知ることでまだまだわかることがありそうです。



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