万葉集を知っていると飲み会で注目の的になる。

学生時代、国語の授業において「古文」の時間があったことを懐かしく思う人も多いのではないでしょうか。

現代文とは異なる文法や謎の助動詞活用など、苦痛な授業だった記憶が蘇るかもしれません。

しかし、その古典文学を大人になった今、難しく捉えず、面白いエンターテインメントとして楽しむこともひとつの方法だと提唱されています。

和歌はTwitterのようなもの

現在の元号「令和」は、和歌を集めた日本最古の古典文学『万葉集』の中にあることをご存じでしょうか。和歌といえば「風流で、雅なもの」そんなイメージを持つ人が多くいます。

その背景には、古典の授業で習う和歌が面白くないことがあるといいます。しかし、奈良時代に生きていた人々も、恋をしたり、ごはんを食べたり、仕事をして生活していました。

現代の私たちはTwitterやInstagramで自分の感情を気軽に発信しています。つまり、当時の人々は、和歌を使って、日常の出来事を”つぶやいていた”ということなのです。

奈良時代の面白い和歌

学校の授業では決して紹介されない、奈良時代の面白い和歌を紹介します。

「童べども草はな刈りそ八穂蓼を穂積の朝臣が腋草を刈」(訳:子どもたち、草は刈るなよ。刈るならば、穂積さんの脇草をかるべし。) あるいは、こんな歌もあります。

「世の中の女をみなにしあらば直渡り痛足の川を渡りかねめや」

(訳:私がもっと普通の女だったら、あなたのところへ行ける川を渡ることをためらったりしないのに……)

私たちと同じように奈良時代の人々は、誰かをいじったり、失恋したりと日々の経験をつぶやくことを身近な存在にしていました。

このように、元号「令和」の出典元である万葉集は、決して難しい文学ではないことがわかります。

大人になった今だからこそ古典に触れる

日本の古典は、広くそのタイトルが知られています。

しかし実際に読んだことのある人は多くないといわれており、その文学についてよく知っている人がいると、アイスブレイクとして話を聞いてくれる人が多くいます。

さらに古典を読むためには、日本史のヨコ関係に目を向けることで、より文学を楽しむことが可能です。学校教育における古典は難しく、避けていた人も多くいると推察されます。

しかし大人になった今、学生時代学ばなかった、古典文学のいちばん面白いところを味わってみてはいかがでしょうか。

大人の教養としてはもちろん、さらには生きにくい時代だからこそ、古典文学を通じて、昔の人との交流を図ってみてはいかがでしょうか。古典文学は絶対に役に立つこと間違いなしです。



画像引用元:
https://www.jiji.com/jc/v4?id=201904tnc150001
https://mag.japaaan.com/archives/142474

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