毒からできたインスリンは速効性がある

ここ20年で増加傾向にある「糖尿病」。

2021年12月の国際糖尿病連合の発表によると、2021年の世界の糖尿病人口は5億3,700万人、実に成人の10人に1人が糖尿病をもつことが示されています。

また、この数字は2030年までに6億4,300万人、2045年までに7億8,300万人にまで増加することが見込まれており、糖尿病は健康や福祉、医療経済における世界的な課題となっています。

そんな糖尿病をわずらう多くの患者にとってインスリンは必要不可欠な薬です。

そのインスリンなのですが、”海の殺し屋”イモガイが獲物を狩る際に使っている毒も、同じインスリンだと判明しました。驚くべきは、イモガイが持つインスリン作用の速効性です。

なぜイモガイの毒インスリンは速効性があるのか?

イモガイは狙った獲物に、一瞬のうちに毒インスリンを注入します。そうすると相手は低血糖ショックを起こして気絶してしまうのです。

しかし、現在人間が医療で用いるインスリンには、ここまでの即効性はありません。なぜイモガイのインスリンはこれほど即効性が高いのでしょうか?

インスリンが体内で効果を発揮するには、分子が1つの状態(単量体といいます)にならなければなりません。

しかし、注射用のインスリン薬は、6つの分子がひとかたまり(6量体)になっています。6分子の状態だとインスリン分子が安定するからです。

これを体内に注入すると、細胞間にある液体でだんだん薄くなり、6量体から2量体に、そして最終的に単量体へと分解されます。

問題は、インスリン分子が集まった状態から分離するまでに1時間ほどかかることです。

この「遅延」のせいで、すぐさま血流に移行できず、たとえば、食後の急速な血糖上昇などに対応できなかったりします。

しかし、毒インスリンは6つの分子ではなく、1分子で安定した状態にありました。

つまり、イモガイは医療で使われるものと異なりいつ使っても、瞬時に効き目を発揮し、魚を気絶させられるインスリンを使っていたということです。

研究チームは、この分子の特徴を組み込めば、ヒトインスリンに「速効性」を持たせられるのではないかと考えました。

毒インスリン分子を用いた「新型ハイブリッド」を開発

そこで、キノシタイモガイという種のインスリン分子を用いて、ヒトインスリンとかけ合わせ、新たなハイブリッドインスリンが開発されました。

このインスリン分子は、アンボイナガイのそれとまったく違う構造をしていながら、速効性を持ち、クラスターも形成していませんでした。

今回のハイブリッドインスリン分子は、ヒトインスリン受容体に結合する機能を維持しつつ、クラスターも形成しないという目標が達成されています。

ただし、ハイブリッドインスリンの実用化には、臨床試験や改良がまだまだ必要です。

それらの問題点を解決し、イモガイと同じ速効性を実現できれば、患者の血糖値をより良くコントロールできる新薬が誕生するでしょう。

これで近い将来、糖尿病はそこまで怖い病気ではなくなるかもしれません。ですが、糖尿病にならないよう、健康的な生活を送った方がいいのは言うまでもありません。


引用画像:https://nazology.net/archives/106242

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